湖国と湖北
湖国・滋賀の北東部に位置する湖北地方は、伊吹山をはじめとする山々に囲まれた、日本有数の豪雪地帯です。伊吹山では観測史上、世界最大級の積雪量が記録されており、その降雪が地域の水環境を支えています。山に蓄えられた雪は、雪解け水として地中に浸透し、地下水や河川となって年間を通じて安定した水量をもたらします。この水は、米の生産を支えると同時に、酒造りの仕込み水となります。
また、冬季の冷え込みは、発酵を穏やかに進める環境を整えます。水、寒さ、そして米。これらの条件が重なり合い、湖北は琵琶湖の上流域として、酒造りに適した地域性を育んできました。
道の国 近江
近江(滋賀県)は、古くから京の都と日本各地を結ぶ交通の要衝でした。東海道や中山道をはじめとする主要街道がこの地を通り、都と北陸を結ぶ道として整えられたのが、北国街道および北国脇往還です。
この二つの街道が分岐する地点に位置する木之本は、往来の要として宿場町を形成し、人と物、情報が行き交う場として発展してきました。多様な価値観や技術、食文化が集積するこの土地で、冨田酒造は北国街道沿いに蔵を構えています。
また、都と日本海側を結ぶ動脈として、琵琶湖の水運が重要な役割を果たしました。北陸からの物資は敦賀を経て山を越え、琵琶湖最北端の港へ集められ、船に積み替えられて湖上を南下し、都へと運ばれていきました。
明治時代には、日本初の鉄道敷設のわずか10年後の1882年に長浜―敦賀間の鉄道が開通し、木之本駅が設置されました。
現在の木之本には、宿場町や近代化遺産の名残をとどめた情緒ある町並みが残されています。毎年8月の木之本地蔵大縁日には多くの人々が訪れ、夏の風物詩となっています。
人の往来とともに育まれてきたこの土地の時間は、今もなお確かに流れ続けています。

近江を制する者は、天下を制す
湖北は戦国期の覇権争いの中で、重要な地でした。合戦の舞台や砦・城の跡など、武将たちの足跡はいまも各地に点在しています。
湖北を治めた浅井氏の居城・小谷城は、織田信長との激戦の末に落城。戦後、この地を与えられた秀吉は、当時今浜と呼ばれた琵琶湖岸へ拠点を移し、信長の「長」の字をとって「長浜」と名付けたとされます。ここに自身初の居城となる長浜城を築き、天下人への出発点としました。
秀吉の忠臣として知られる石田三成は長浜の出身。幼少期、木之本の己高山山麓にある法華寺で小姓を務めていた折、来訪した秀吉を「三献の茶」でもてなした逸話は、召し抱えられる契機になったと伝わります。
関ヶ原の合戦で西軍が敗れると、三成は再起を期して逃亡。向かった先は、かつて過ごした木之本でした。村人に匿われ、己高山中腹の岩窟に身を潜めたとされる場所は、いまも「オトチの岩窟」として大切に守られ、歴史を愛する人々の訪問が絶えません。
山と祈りのかたち
冨田酒造の東方に連なる己高山は、古くから山岳信仰の霊山として仰がれ、修験の地として栄えてきました。平安時代には最澄によって再興され、さまざまな信仰が重なり合いながら、己高山独自の仏教文化が育まれていきます。
しかし時代が下るにつれ、山中や里に点在していた寺院の多くは衰退し、無住や廃寺となっていきました。けれど、そこに祀られていた仏像は失われることなく、宗派の枠を超えて村へ迎えられ、人々の暮らしを見守る「村の守り仏」として受け継がれていきます。戦国の動乱は、この地の信仰をさらに深く刻みました。戦火に追われる人々が、とりわけ救いを求めたのが、苦悩の声に耳を傾ける観音菩薩です。集落ごとに観音像が祀られ、「うちの村の観音さん」として敬われ、命がけで守られてきました。
現在も観音像は集落の小さなお堂に安置され、住民の手で守られ続けています。制作年代や造形の巧拙ではなく、先祖が命を懸けて守ってきた仏と共に在ること。それこそが、この土地ならではの「祈りのかたち」なのです。そうした湖北の人々の心を白洲正子や井上靖らが著作に取り上げています。
湖の地が育む素材と味
400万年の歴史をもち、淡水湖では世界3番目の古さを誇る琵琶湖。日本最大の面積をもつこの湖には、60種以上の固有種を育む豊かな生態系があります。 海のない滋賀県では、琵琶湖の恵みを生かした料理や調理法が根づいてきました。淡水魚をおいしくいただくために濃い味で煮炊きしたり、山椒などの薬味を効かせたりするなど、味付けを工夫したものが多く見られます。
また、滋賀の食を象徴するのは、鮒ずしに代表される発酵食の多彩さです。鮒ずしはニゴロブナを炊いた米と塩で発酵させたなれずしで、ほかの湖魚を用いるものもあります。また山菜やキノコ、ジビエなども、塩や味噌、麹などを活用した発酵保存の知恵を育んできました。
「その土地の食べ物にはその土地の酒が合う」の言葉通り、土地の個性を引き出した七本鎗は、湖国の食と合わせると、驚くほど両者が引き立てあうことがわかります。これが七本鎗の魅力の一つです。








